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監視システムの強化で人間の家畜化が進む (櫻井ジャーナル) - 七転八起 Shichitenhakki

2026/10/19 (Mon) 14:25:25

https://note.com/light_coot554/n/n1df59e92fb20





 欧米ではイスラエルによる大量虐殺を批判する言動をテロリズムだとされ、逮捕者も出ている。例えば、イギリスでは警察が「テロ容疑者」と認定すれば起訴することなく、14日にわたって拘束することが可能である。

 高市早苗政権は、匿名流動型犯罪グループ(匿流)による犯罪被害への対策だとして、「犯罪グループ」のスマートフォンなどに記録された情報を警察が遠隔で取得できるようにする警察官職務執行法の改正案を閣議決定した。欧米の基準を当てはめると、大量虐殺を批判するような「テロリスト」も対象になるのだろう。

 こうした動きはアメリカからやってくる。アメリカにはCIA、イギリスにMI6という対外情報機関があるが、それ以外にNSAやGCHQといった電子情報機関も存在、通信の傍受、記録、分析を行っている。NSAとGCHQはUKUSA(つまりUK+USA)という連合体を編成、その下にはカナダ、オーストラリア、ニュージーランドの情報機関が存在している。この連合体によって、米英の情報機関は自国民を合法的に監視するため、他国の情報機関に依頼することができるわけだ。イスラエルの8200部隊(ISNUとも呼ばれている)はNSAやGCHQと同等の立場で手を組んでいる。

 情報機関だけでなく、捜査当局も通信の傍受に熱心で、1994年にアメリカでは電話会社に対してデジタル通信の傍受を可能にすることを求める「CALEA(法執行のための通信支援法)」を制定、97年10月からは予算面の検討が本格化した。CALEAの中心にFBIが存在していることは言うまでもない。回線への侵入を容易にするだけでなく、暗号も規制されている。

 アメリカのFBIは1993年からヨーロッパ諸国の機関と通信傍受に関する話し合いをはじめている。一連の会合はILETS(国際法執行通信セミナー)と呼ばれている。日本も後を追い、組織的犯罪対策法を成立させた。

 そうした捜査機関も盗聴の対象になっているようだ。例えば2001年12月にアメリカのフォックス・ニュースはイスラエル系企業によるスパイ疑惑を報じている。疑惑の対象になったコンバース・インフォシィーズはアメリカの捜査当局へ盗聴技術を提供している会社だが、同社の盗聴用プログラムには「裏口」があり、捜査機関の盗聴内容は筒抜けだったとされている。フォックス・ニュースはアムドクスなる通信関連会社がFBIなどから捜査を受けているとも報じた。

 アムドクス社はイスラエルを拠点とする企業で、アメリカをはじめ世界各国の巨大電話会社25社と契約、顧客に対する請求内容などを管理していた。同社が通信の内容を傍受することは難しかったと考えられているものの、誰が誰に電話したかという記録を外部に提供することは可能だ。フォックス・ニュースによると、NSAはFBIやCIAに対し、アムドクスから情報が漏れていると警告していたという。

 通信が監視されているならば、暗号を使えばいいだろうという議論も成り立ちそうだが、ダンカン・キャンベルの『傍受能力2000』にも出てくるスイスの会社クリプトAGが作った暗号ソフトにはNSAがいつでも解読できるように『秘密の鍵』が組み込まれていたという。当時、クリプトAGGの暗号は120カ国以上で使われていた。

 イラン軍の防諜機関は1992年、クリプトAGのテヘラン駐在員ハンス・ブエラーをスパイ容疑で逮捕している。ブエラーを助け出すため、クリプトAGは100万ドルをイラン政府に支払わねばならなかった。

 クリプトAGは釈放されたブエラーを解雇したうえ、保釈金を返せと要求、さらに裁判まで起こすのだが、この会社の冷酷な仕打ちに怒った社員や元社員はクリプトAGとアメリカやドイツの情報機関との関係を暴露、追いつめられた会社は裁判を和解で終結させた。事態の進展に驚いたNSAやドイツの情報機関BNDが圧力をかけたと言われている。クリプトAGはシーメンスの子会社とされていたが、真のオーナーは西ドイツ政府。多くのNSAの人間が顧問として働いていた。(Wayne Madsen, 'Crypto AG: The NSA's Trojan Whore?' CovertAction Quarterly, Winter 1998)

 FBIが国民を監視するプロジェクト「COINTELPRO」を始めたのは1950年代から。当初のターゲットはコミュニストだったが、途中で対象は平和運動へ向かった。反戦集会やデモに捜査官を潜入させただけでなく、平和運動を支援していた著名人の尾行、電話盗聴、郵便開封、さらに銀行口座の調査も実施されている。CIAも反戦運動を監視する目撃で、1967年にMHケイアスというプロジェクトを始めた。(Anthony Summers, "Official and Confidential," Victor Gollancz, 1993/アンソニー・サマーズ著、水上峰雄訳、『大統領たちが恐れた男』、新潮社、1995年)

 1965年4月に本格的な商業衛星インテルサット1号が打ち上げられ、66年にNSAはPROSTINGというプログラムを始める。1970年代にエレクトロニクス技術が急速に進歩、監視技術もそれに応じて進歩した。

 その中で西側の通信を傍受するためにNSAやGCHQが開発した地球規模の通信傍受システムがECHELON。ソ連の通信衛星をターゲットにしたプログラムはTRANSIEMTだ。(The Northwest Passage, Yakima Research Station (YRS) newsletter: Volume 2, Issue 1, January 2011 & Volume 3, Issue 7, July 2012)

 ECHELONの存在が明るみに出たのは1988年。ロッキード・スペース・アンド・ミサイルで働いていたマーガレット・ニューシャムが議会でそのシステムについて議員に話したのだ。彼女によると、NSAは共和党のストローム・サーモンド上院議員の電話を盗聴対象にしていたという。(Duncan Campbell, 'Somebody's listerning,' New Statesman, 12 August 1988)

 ジェラルド・フォード大統領の時代、フランク・チャーチ上院議員やオーティス・パイク下院議員を中心に、議会ではCIAの違法活動が追及された。当時、CIA長官だったウィリアム・コルビーは議会の公聴会でNSAの国際通話傍受、ベトナム戦争における非武装の住民を大量に殺害したフェニックス・プログラム、そしてMHケイオスについて証言している。この証言をはヘンリー・キッシンジャー国務長官やネルソン・ロックフェラー副大統領は問題視、1975年11月にコルビーは解任された。

 高市早苗首相は中国やロシアに対する情報活動を行うためだとして内閣情報調査室(CIRO)を中核拠点とする情報機関を設立する計画を立てたと伝えられている。この計画はアメリカのFBIの支援を得て推進されているようで、政府だけでなく民間セクターからも人員を集め、当初の総数は約700名になるという。

 また、昨年10月24日、木原稔官房長官は「国家情報局」の創設を検討する方針だと記者会見で表明。政府の「インテリジェンス」に関する司令塔としての機能を強化するというのだが、日本政府に「インテリジェンス」を扱う能力など存在しない。

 内閣情報調査室は1952年4月に作られた「内閣総理大臣官房調査室」が起源だとされている。首相だった吉田茂の意向を受け、緒方竹虎と村井順が中心になって設置された。村井は国家地方警察本部警備第一課長だった人物で、のちに綜合警備保障を創設する。官房調査室が設置された当時、公安調査庁も法務省の外局として作られ、旧軍人グループの「睦隣会」が発足、世界政経調査会になった。

 村井は1953年9月から3カ月の予定で国外へ出ている。その名目はスイスで開かれるMRA(道徳再武装運動)大会への出席だったが、この組織はCIAの別働隊。村井は西ドイツのボンに滞在していたアレン・ダレスCIA長官に会うことが本当の目的だったと言われている。新情報機関に関する助言を得ることにあったと推測されている。ちなみに、中曽根康弘はMRAの大会へ出席してから出世街道を進み始めた。

 官房調査室は1957年8月に内閣調査室となり、内閣情報調査室となったのは1986年7月。官房調査室にしろ、内閣調査室にしろ、内閣情報調査室にしろ、調査能力はないとされている。少なくとも内閣調査室時代に実際の調査を行っていたのは外部の人間など。当初は元特務機関員が請け負っていたが、そうした人びとの多くはCIAともつながりがあり、内閣調査室に提出される報告書より詳しい内容の報告書がCIAへ渡されていたと関係者は証言している。

 アメリカの情報機関や捜査機関は国民を監視するシステムを構築、その能力はエレクトロニクス技術の発達に連れて高度化している。そうした流れの中、高市政権はスマートフォンなどに記録された情報を警察が遠隔で取得できるようにするわけだ。人間の家畜化が進む。


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