デモ・抗議開催情報まとめ(反戦・反新自由主義)

“ 座して死を待つよりは、出て活路を見出さん ” 

“ 山本太郎は命懸け!!  山本太郎を守って下さい!!”

“ 日本も不正選挙疑惑が! 民間の選挙屋「ムサシ」を排除せよ!! ”

ryuubufanのジオログ  Message To The World



スキップ▼


   れいわ新選組

   日本経済の終宴
▼スキップ
財務省と日銀 日本を衰退させたカルトの正体

一億総貧困化の真相!


消費税はれっきとした二重課税!

<緊急発刊>ザイム****と闘う!救民内閣構想

「七転八起のブログの力!」は、世の現状を憂うるブロガー様の
言論力をお借りして、より良い日本づくりの実現を訴える掲示板です。

七転八起のブログの力!

13774486

山 本 革 命

<私たちの使命>
日本を守る、とは
あなたを守ることから始まる



    れいわ新選組

           基本政策
1.消費税は廃止
2.辺野古新基地建設中止
3.原発即時禁止・被曝させない


“ 山本太郎政権を断固樹立!! ”



七転八起のブログの力! ブログ20
(クリックするとジャンプします。 順不同敬称略)



*これは我々の独自な選定です。
尚、追加や変更もあります。  



トランプ米大統領とEUの寡頭勢力 《櫻井ジャーナル》 - 七転八起 Shichitenhakki

2026/10/15 (Thu) 21:54:53

https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202610150000/





※転載元リンク箇所あり


シオニスト

 ドナルド・トランプ米大統領はイスラエルのベンシオン・ネタニヤフ首相の影響を強く受けている。トランプがネタニヤフの意向を受けてイランを攻撃するだろうと言われているのはそのためだ。

 ネタニヤフ首相の父親、ベンシオン・ネタニヤフは1910年3月にワルシャワで生まれ、40年にアメリカへ渡った。そこで「修正主義シオニズム」の祖であるウラジミル・ジャボチンスキーの秘書を務めている。その年にジャボチンスキーは死亡、ベンシオンは第2次世界大戦後にコーネル大学などで教鞭を執った。

 ヤボチンスキーに接近したひとりにレオ・ストラウスという人物がいる。1899年にドイツの熱心なユダヤ教徒の家庭に生まれ、17歳の頃にヤボチンスキーのシオニスト運動に加わったのだ。このストラウスは後にネオコンの「思想的な支柱」と言われるようになる。カルガリ大学のジャディア・ドゥルーリー教授に言わせると、ストラウスの思想は一種のエリート****主義で、「ユダヤ系ナチ」だ。(Shadia B. Drury, “Leo Strauss and the American Right”, St. Martin’s Press, 1997)

 ストラウスは1932年にロックフェラー財団の奨学金でフランスへ留学し、中世のユダヤ教徒やイスラム哲学について学ぶ。その後、プラトンやアリストテレスの研究を始めた。(The Boston Globe, May 11, 2003)

 1934年にストラウスはイギリスへ、37年にはアメリカへ渡ってコロンビア大学の特別研究員になり、44年にはアメリカの市民権を獲得、49年にはシカゴ大学の教授になった。

 現在、トランプとの関係が悪化しているように見えるEUの「エリート」は自国の経済を破壊、国民の生活を破壊しながらロシアとの戦争をエスカレートさせようと必死だ。

 EUは非民主的なシステムで、寡頭勢力が支配している。その勢力の中で中心的な位置にいたのが故ジェイコブ・ロスチャイル。石油をはじめとするロシアの資源、あるいは穀倉地帯を奪おうとしていた人物だ。その息子であるナサニエル・(ナット)・ロスチャイルドが「ロスチャイルド男爵」を継いでいる。

 ジャボチンスキーもロスチャイルド家もパレスチナの地に「イスラエル」を作ろうと考えていた。イギリス政府は1838年、エルサレムに領事館を建設し、その翌年にはスコットランド教会がパレスチナにおけるユダヤ教徒の状況を調査、イギリスの首相を務めていたベンジャミン・ディズレーリは1875年にスエズ運河運河を買収している。そして1917年11月、アーサー・バルフォアがウォルター・ロスチャイルドへ書簡を出してイスラエル建国への道を切り開く。いわゆる「バルフォア宣言」だ。ロスチャイルド家を含むイギリスの寡頭勢力はシオニストだと言える。ジャボチンスキーは1925年に「修正主義シオニスト世界連合」を結成、リクードにつながる。「大イスラエル構想」もこの勢力から出てきた。

ナチとイスラエル

 1933年にドイツではナチスが国会議事堂放火事件を利用して実権を握るが、この年の8月にシオニストはナチス政権とユダヤ系ドイツ人をパレスチナへ移住させることで合意した。「ハーバラ合意」である。ナチスの「ユダヤ人弾圧」によってユダヤ系の人びとをパレスチナへ向かわせることができるとシオニストは考えたようだ。

 しかし、ユダヤ教徒の多数派はパレスチナへ移住せず、多くはオーストラリアやアメリカへ向かった。1938年11月にドイツではナチスがユダヤ系住民を襲撃、多くの人が殺され、収容所へ入られ始めるが、この「水晶の夜」以降もユダヤ教徒はパレスチナでなくアメリカやオーストラリアへ逃れている。つまり、ユダヤ人の行き場を作るためにイスラエルが必要だったわけではない。

 イスラエルをパレスチナに建国するためには先住民であるアラブ系の人びとを排除する必要があった。そのため、シオニストは1948年4月4日に「ダーレット作戦」を発動、8日にデイル・ヤーシーン村でアラブ系住民を虐殺している。アラブ人を脅し、追い出そうとしたのだ。

 この作戦が始まるまでにエルサレム旧市街の周辺へユダヤ人が集中的に移民、人口の3分の2を占めるまでになっていた。この作戦は1936年から39年にかけて行われたパレスチナ人殲滅作戦の「詰め」だったという見方もある。

 ダーレット作戦はハガナ(ユダヤ人の武装グループで、後にイスラエルの国防軍になった)が中心になって実行されたが、その副官を務めていたイェシュルン・シフがエルサレムでイルグンのモルデチャイ・ラーナンとスターン・ギャングのヨシュア・ゼイトラーに会い、ハガナのカステル攻撃に協力できるかと打診している。イルグンとスターン・ギャングは協力することになる。

 まず、イルグンとスターン・ギャングはデイル・ヤシンという村を襲うが、この村が選ばれた理由はエルサレムに近く、攻撃しやすかったからだという。村の住民は石切で生活し、男が仕事で村にいない時を狙って攻撃するプランだった。

 8日にハガナはエルサレム近郊のカスタルを占領、9日午前4時半にイルグンとスターン・ギャングはデイル・ヤシンを襲撃する。マシンガンの銃撃を合図に攻撃は開始、家から出てきた住民は壁の前に立たされて銃殺され、家の中に隠れていると惨殺、女性は殺される前にレイプされている。

 襲撃直後に村へ入った国際赤十字のジャック・ド・レイニエールによると、254名が殺され、そのうち145名が女性、35名は妊婦だった。イギリスの高等弁務官だったアラン・カニンガムはパレスチナに駐留していたイギリス軍のゴードン・マクミラン司令官に殺戮を止めさせるように命じたが、拒否されている。ハガナもイルグンとスターン・ギャングを武装解除しようとはしなかった。(Alan Hart, “Zionism Volume One”, World Focus Publishing, 2005)

 この虐殺の結果、約140万人いたパレスチナ人のうち5月だけで42万3000人がガザ地区やトランスヨルダン(現在のヨルダン)へ逃れ、その後1年間で難民は71万から73万人に達したと見られている。イスラエルとされた地域にとどまったパレスチナ人は11万2000人。そして5月14日にイスラエルの建国が宣言された。アラブ諸国の軍隊が参戦するのはその翌日からだ。国際連合は同年12月11日に難民の帰還を認めた194号決議を採択したが、現在に至るまで実現されていない。

対ロシア戦争

 ヨーロッパを支配している寡頭勢力もジャボチンスキー人脈もシオニストであるが、ロシアに対する姿勢が違う。1991年12月にソ連が消滅した時点でアメリカが唯一の超大国になったと思った人は少なくない。ネオコンもそう考え、92年2月にアメリカの国防総省ではDPG(国防計画指針)草案(ウォルフォウィッツ・ドクトリン)という形で世界征服プロジェクトを作成した。このドクトリンは同省のONAで室長を務めていたアンドリュー・マーシャルの考え方に従っている。

 文書作成の中心は国防次官を務めていたネオコンのポール・ウォルフォウィッツ。ちなみに、その時の大統領はジョージ・H・W・ブッシュ、国防長官はディック・チェイニー。そのため、この指針は「ウォルフォウィッツ・ドクトリン」とも呼ばれている。2001年9月11日、このドクトリンは本格的に始動した。

 2014年2月にアメリカ大統領だったバラク・オバマはキエフでネオ・ナチの武装集団を利用してクーデターを仕掛けたが、これも対ロシア戦争の一環。ヨーロッパの寡頭勢力はロシアを制服し、資源や耕作地を奪うことに賭けていたのだが、その中心にジェイコブ・ロスチャイルドがいたことをオリガルヒのひとりとされていたミハイル・ホドルコフスキーが語っている。

 ホドルコフスキーによると、会社の大株主を監視する「保護者」が存在、その株主に何らかの圧力がかかった場合、管理書類を別の人物に渡すのだという。​会社を本当に支配しているのはその「保護者」だ。ホドルコフスキー場合、それはシティに君臨するジェイコブ・ロスチャイルドだった​のである。

 ヨーロッパの寡頭勢力はウクライナを利用してロシアを疲弊させる計画だったようだが、ウクライナの東部や南部を中心に反クーデター派が抵抗、兵士や治安機関メンバーの約7割が組織から離脱、一部は反クーデター派へ合流したと言われている。

 そこでNATO加盟国はクーデター体制の戦力を増強するために時間稼ぎを目論む。それが2014年の「ミンスク1」と15年の「ミンスク2」だ。2022年まで8年かけて兵器を供給し、兵士を訓練、さらにヒトラーユーゲント的なシステムで兵士を育成した。

 2022年に入るとNATO/ウクライナ軍からのドンバス(ドネツクとルガンスク)に対する砲撃が激しくなった。そうした中、同年2月にロシア軍がウクライナに対するミサイル攻撃を開始する。

 ロシア軍によると、​後に回収された文書には、NATO/ウクライナ軍は2月中にドンバスに対する攻撃の準備を終え、3月に作戦を実行すると書かれていた​。ロシア軍はその出鼻を挫いたことになる。

 EU/NATOは2014年2月のキエフにおけるクーデターでロシアから天然ガスのマーケットを奪うことでロシア経済を破壊、同国の利権を手にできると考えていたのだろうが、NATO/ウクライナ軍はロシア軍に圧倒され、ウクライナ軍は壊滅状態。ウクライナへ送り込まれたNATO軍将兵の死傷者は少なくない。しかも安価なロシア産のエネルギー資源をEUが拒絶したことでヨーロッパ経済は衰退し、社会生活は崩壊しつつあり、EU各国で政府に対する抗議が強まっている。

 そこで「エリート」はヒラリー・クリントンが大統領選挙で負けた後に展開したキャンペーンを踏襲している。全てロシアが悪いというわけだ。ロシアの「ハイブリッド」戦争が原因だと主張しているのだが、根拠はない。

 対ロシア戦争を推進しているヨーロッパの寡頭勢力の基盤は金融の中心地であるシティ。そこからオフショア市場のネットワークが世界に張り巡らされ、「大英金融地下帝国」を形成している。

地下経済の動脈としてのオフショア市場網と資金の出入り口としてのカジノ(2025年10月9日/​楽天ブログ​、​Note​、​Substack​)

 アメリカ、西ヨーロッパ、日本はかつて世界経済をリードする「先進国」と呼ばれていたが、最近は経済が衰退、社会は崩壊しつつある。そうした状況を生み出した主な原因は不公正なシステムによって富を一握りの集団に集中させ、貧富の差を拡大させたことだ。富を集中させる新自由主義が導入されると富豪たちは生産活動を軽視、金融取引に傾注するようになった。通貨を崇めるカルトだ。そのカルトの教祖的な存在がフリードリッヒ・ハイエクやミルトン・フリードマンだと言えるだろう。

 富豪たちには資産を隠し、移動させる手段がある。そうした手段を提供しているのは金融機関にほかならない。昔から資産を隠すための仕組みとしてタックス・ヘイブンは存在していたが、新自由主義が導入された1970年代にイギリスの金融界が「地下経済の動脈」として作り出したオフショア市場のネットワークは旧来の仕組みに比べて秘密性が高い。管理には信託の仕組みが採用され、沈められた資金の持ち主は信託の管理者が話さない限り特定は難しいと言われている。(Nicholas Shaxson, “Treasure Islands”, Palgrave Macmillan, 2011)

 このオフショア市場のネットワークはかつての大英帝国を中心に張り巡らされている。いわば大英金融帝国。ロンドンを中心にして、ジャージー島、ガーンジー島、マン島、ケイマン諸島、バミューダ、英領バージン諸島、タークス・アンド・カイコス諸島、ジブラルタル、バハマ、香港、シンガポール、ドバイ、アイルランドなどが繋がれている。(前掲書)

 イギリスはアヘン戦争で香港を奪い、その後も中国を収奪する拠点として機能してきた。アメリカの情報機関や犯罪組織も麻薬取引だけでなく、その取り引きによる利益を処理するためにも使われてきた。香港は一種の犯罪都市であり、世界で最も不平等な地域のひとつだが、それを「民主的」で「自由」だと考えている人もいる。

 イギリスは香港を1997年に中国へ返還したものの、この場所は依然として大英金融帝国の重要な拠点であり、今でもイギリスと香港のエリートは結びついているのだが、人の結びつきだけでなく、金融の結びつきも強い。香港ドルの発行認可を受けている3銀行のうち、HSBC(香港上海銀行を母体として1991年に設立)とスタンダード・チャータードはロンドンに拠点を置いている。

 オフショア市場のネットワークには地下世界と地上世界を結ぶ出入り口が存在しているが、そこにはカジノが建設されていることも少なくない。香港、シンガポール、マカオ、ラスベガスだけではない。多額の通貨が動く場所はマネーロンダリングしやすいのだろう。日本にもカジノが作られる。

 帝国主義の仕組みは変異しながら生きている。軍事力だけでなく金融システムを利用しているが、アジア、アフリカ、ラテン・アメリカなどを略奪しているという点でかつての帝国主義と違いはない。

 新自由主義も帝国主義の変異種。そうした地域だけでなく、「先進国」のエリートは国内でも人びとの富を略奪し、オフショア市場のネットワークに隠蔽している。イギリス労働党の党首だったジェレミー・コービンはイスラエルによるパレスチナ人虐殺を批判すると同時に、経済的な略奪システムの中枢にいる金融エリートを批判したのだが、それを「反ユダヤ主義」だと攻撃する人もいた。

 ロンドンを中心とするオフショア・ネットワークに対抗する形でアメリカは1981年にIBF(インターナショナル・バンキング・ファシリティー)を開設、これをモデルにして日本では86年にJOM(ジャパン・オフショア市場)をオープンさせた。

 しかし、こうした仕組みが分離、対立しているわけではない。2015年9月にロスチャルド・アンド・カンパニーのアンドリュー・ペニーはサンフランシスコ湾を臨むある法律事務所で講演した際、税金を払いたくない富豪は財産をアメリカへ移すように顧客へアドバイスするべきだと語ったという。(Jesse Drucker, “The World’s Favorite New Tax Haven Is the United States,” Bloomberg, January 27, 2016)

 ペニーによると、アメリカこそが最善のタックス・ヘイブン。アメリカは富豪たちが絡む金融犯罪が免責され、開いた穴は庶民が埋めてくれる腐敗した国。単純に税金を払いたくない富豪だけでなく、国の資産を盗んだり、賄賂を受け取っている政治家や役人、麻薬業者のように不正な稼ぎを隠したい犯罪者などを集めているように見える。


名前
件名
メッセージ
画像
メールアドレス
URL
編集/削除キー (半角英数字のみで4~8文字)
プレビューする (投稿前に、内容をプレビューして確認できます)

Copyright © 1999- FC2, inc All Rights Reserved.