デモ・抗議開催情報まとめ(反戦・反新自由主義)

“ 座して死を待つよりは、出て活路を見出さん ” 

“ 山本太郎は命懸け!!  山本太郎を守って下さい!!”

“ 日本も不正選挙疑惑が! 民間の選挙屋「ムサシ」を排除せよ!! ”

ryuubufanのジオログ  Message To The World



スキップ▼


   れいわ新選組

   日本経済の終宴
▼スキップ
財務省と日銀 日本を衰退させたカルトの正体

一億総貧困化の真相!


消費税はれっきとした二重課税!

<緊急発刊>ザイム****と闘う!救民内閣構想

「七転八起のブログの力!」は、世の現状を憂うるブロガー様の
言論力をお借りして、より良い日本づくりの実現を訴える掲示板です。

七転八起のブログの力!

13754608

山 本 革 命

<私たちの使命>
日本を守る、とは
あなたを守ることから始まる



    れいわ新選組

           基本政策
1.消費税は廃止
2.辺野古新基地建設中止
3.原発即時禁止・被曝させない


“ 山本太郎政権を断固樹立!! ”



七転八起のブログの力! ブログ20
(クリックするとジャンプします。 順不同敬称略)



*これは我々の独自な選定です。
尚、追加や変更もあります。  



日本語は"奴隷語" (隠居爺の世迷言) - 七転八起 Shichitenhakki

2026/10/10 (Sat) 20:12:38

https://ameblo.jp/fuchi-902/entry-12981090468.html





 奴隷の歌は、人間の心の最も深い悲しみを表現すると同時に、最も高い希望を歌い上げる。これらの歌は、抑圧に対する人間の魂の勝利の記録である。

——フレデリック・ダグラス(1818-1895)





 いやいや、なかなか刺激的な表題ですね。どこかから「お前は日本を馬鹿にしているのか」という声が聞こえてきそうです。そうですねえ、馬鹿にしているかもしれません。経歴詐称をして総理大臣になった人が今でも総理大臣をしていて、テレビの討論番組から逃げ、記者会見から逃げ、国会審議から逃げ、G7首脳会議(オンライン)から逃げしている国が馬鹿にされるのは仕方がないのではないでしょうか。

 今年もG20サミットが、アメリカフロリダ州の「トランプ・ナショナル・ドラル・マイアミ」で12月14日、15日の両日開催されるといいます。昨年は遅刻したうえ途中退席、夕食会は欠席という醜態を演じましたが、今年はどうするのでしょう。中国代表とは会話をすることができるのでしょうか。昨年同様シカトでしょうか。

 昨年韓国・ソウルで行われたAPEC首脳会議では、チリ大統領にベタベタ触るなどの親密さを見せましたが、今年はどうするのでしょうか。誰を触るのでしょうか。今年のAPEC首脳会議は、中国・広東省深圳市で11月18日〜19日に開催されるようですが、中国要人との会談はできるのでしょうか。それともサボるのでしょうか。

 そういえば、今年6月のG7サミットでは"エア会話"や円卓での"回転椅子一人クルクル"を見せてくれました。そしてつい先日、10月2日に行われたG7首脳会議(オンライン)は欠席ですから、国際会議は荷が重すぎるのでしょう。素直に今年のAPECの前に辞任されることをお勧めします。できないことを無理してしようとするために醜態を晒してしまうのですから、できる人に譲ればいいのです。

 おそらく、他国の首脳からはもう見抜かれていることでしょう。中身が空っぽで見るべきものがない人であることを。言葉だけの問題ではないと思いますよ。英語が一言も話せなくたって、日頃の言動は海外にも伝わっていくでしょうし、外交姿勢も伝わっているでしょう。中身や芯のある外交、そして内政をしていれば、興味を持って話しかけてくる首脳も出てくるでしょう。そうしたら通訳を介して話せばいいのです。何から何まで見るべきものがない人間であることをすっかり見抜かれてしまいましたから、誰も近寄ってきてくれません。

 と、話が脱線していますが、書きたいのは日本語が"奴隷語"であることです。日本語は孤立した言語であるといわれていますが、まあ、そうでしょうね。誰も奴隷の言葉を話そうとは思わないためでしょう。

 以下は竹下登(総理大臣)の国会答弁を抜き書きしたものです。
 「私の答弁はよくぐるぐる回りすると言われるのでございますが、いろいろぐるぐる回りをしながら到達したところは、非常に端的に皆さん方が大型間接税という言葉から来る懸念というものは、結局ぐるぐる回りしてみますとああいうものではないか。それは今言ったように、一つ一つ政策上の配慮とか税制全体の構築の仕方等によって中和できるんじゃないかということは、問答を重ねていくうちに、これも普通の人でないからかもしれぬでございますけれども、普通の人がなるほどなと、こう思っていただけるようになるんじゃないか。」(1988年3月12日衆議院予算委員会速記録より)

 この竹下登の国会答弁と竹下登という人間を見ると、日本語と日本人というものがとてもよく分かるような気がします。竹下登はかつて「言語明瞭意味不明」と言われた人ですが、上記の答弁も特に難解な単語が散りばめられているのではありません。にもかかわらず、普通の人が読むと何を言っているのか理解することができません。

 そうなんです。奴隷語としての日本語は「言語明瞭意味不明」であることが大切なんですね。というのも、奴隷のご主人様が奴隷に対して何かを質問した時に、奴隷として安全なのは正しい回答をすることではなく、意味不明な回答をすることだからです。

 仮に頭のいい奴隷がいたとして、正しい回答をしても、それがご主人様の気に入らない回答であれば鞭で打たれてしまいます。痛い思いをしなければなりません。しかし、間違った回答をしても鞭で打たれてしまいます。ですから、奴隷としての立場にある者は、竹下登のように何かは言っているけれどもさっぱり要領を得ないことを答えるのが無難になります。

 もう一つ、日本語が奴隷語として優れているところは、文末まで結論が分からないことです。仮にご主人様から徴兵制について意見を求められ、持論を述べたとします。「徴兵制は強く豊かな日本を作るためには必要なものであり、核武装と合わせて早急に法改正を行う・・・」などです。

 するとそれを聞いていたご主人様は徐々に険しい顔つきになり、手が震え始め、ついには刀の柄(つか)に手がかかったとします。そこでおもむろに奴隷はこのように言うのです。「と、中曽根は述べていましたが、私はそうは思いません。」

 これで奴隷は命拾いができるわけです。素晴らしいですね、日本語は。

 尊敬語、謙譲語、丁寧語などの身分差別用語も日本独特なのでしょうか。少なくとも欧米語にはなさそうです。自分が奴隷であることを示して、ご主人様に対する反抗の意思がないこと、そして従順であることを保証するための言葉ですね。そのようなことまで日本語には仕込まれています。

 そのような日本語に比べて、英語は支配者用の言語、ご主人様用の言語になります。支配者は誰に遠慮する必要もなく、堂々と自分の意見を表明し、奴隷に命令することができます。英語はそのための言葉としてとっても使いやすくできています。

 日本語と比べてわかりやすい違いは、主語の省略がほとんどないことです。「私はこうしたい」「私はこう思う」とはっきり言いますが、奴隷がこれをはっきり言ってしまうと角が立ちます。鞭が飛んできてしまいます。そのため日本語は主語が頻繁に省略されます。イメージとしても奴隷が「私は」とか「私が」とは言わないですよね。「ご主人様の仰せのとおり」が原則です。

 私は英語ができません。英会話も、英文読解も全くの苦手で、高市早苗と同じです。ただし、英語が支配者の言葉であるということをよく知っているのは、コンピュータでプログラミングをしたことがあるからです。それはもう40年以上前のことになるのですが、当時のコンピュータ(パソコン)は泣きたくなるくらいに性能の低いものでした。

 まずは日本語での入力ができず、日本語での出力もできませんでした。プログラムはもちろん英語が母体になっていますから、わずかの単語を駆使してプログラムを組んだのですが、コンピュータという言ってみれば奴隷を使いこなす言葉として英語は最適化されていると感じたものです。英語の本来持っている性質なのでしょう。

 日本人には毅然とした態度をとれる人が少ないように思いますが、それは日本語がそうだからです。日本語が毅然として言い切れる言葉にはなっていないためです。最近の政治家、小泉進次郎や小林貴之などは、あるいは高市早苗もかな、「毅然とした感」を出そうとして無理をしていますが、日本語を使っている以上はうまくできません。英語ネイティブレベルにならなければ、毅然とした態度をとるのは無理でしょう。そのあたりはきちんと理解した方がいいと思います。

 ところで、日本語はなぜ奴隷語になったのでしょうか。これは推測、空想するしかありませんが、私はおそらく日本人は、西から、北から、南から、奴隷が逃げ込んで出来た国であるからだと考えています。

 ロシアでも、中国でも、東南アジアでも、奴隷が逃げ込む先は日本だったことでしょう。というか、日本しかありません。海を超えて地形の複雑な日本に逃げ込み隠れ住むことは、逃げ出した奴隷にとって唯一の希望だったかもしれません。そこで日本は、言葉に限らず奴隷文化を発達させたのだと思います。

 御辞儀(おじぎ)がそうですね。チップがないのもそうでしょう。あれはご主人様が奴隷に恵むものです。侘び寂び(わびさび)もそうに違いありません。見ようによっては「あんな汚いもの」ですからね。"おもてなし"なんて東京オリンピックを誘致するためのキャッチフレーズになりましたが、やはり奴隷的な発想ではないかと思います。

 奴隷文化を好む人もいます。ジョン・レノン、スティーブ・ジョブズ、トム・クルーズ、イーロン・マスクなどたくさんいる(た)ようです。彼らはおそらく、日本に来ると癒されるのだと思います。何しろ日本人は全員が奴隷です。対抗心を持つことも、見栄を張ることも、争うことも、戦うことも必要ありません。身分差別もありません。男女差別もありません。犯罪もごくわずかです。ある種の理想社会です。

 ところが最近、それではいけない、もっと争いの多い社会を、貧富の差が激しい社会を、犯罪の多い社会を、戦争のある社会を、身分差別のある社会を日本に作ろうという風潮が起きてきました。 

 これはおそらく、以前でいえば欧米のグローバリスト達の発案でしょう。最近あまり騒がれなくなったように思いますが、今でもグローバリストと呼ぶのでしょうか。彼らは、世界を支配しようと考えています。グローバリストによる世界統治です。そのためには、各国や各地方にある独自の文化等が邪魔になります。彼らは世界を均一にして、そうすれば一挙に世界を統一できる、同じ戦略で商売をして儲けることができると考えるからです。

 現在の日本政府や高市政権はその手先です。そうそう、日本に移民を入れるのも、日本独特の価値観を薄めよう、犯罪を増やそう、日本文化をあいまいなものにしよう、貧富の差を激しくしよう、争いのある社会を作ろうなどとすることによって、欧米並みの住みづらい社会にするするのが目的です。

 最近世間は簗大臣の問題で騒いでいるようですが、あれも大きな目で見ると日本をグローバル化しようとする流れの一つですね。日本の法律や検察がきちんと機能しているのであれば、簗大臣の言動は犯罪です。公職選挙法違反等に問われ、失職はもちろんのこと場合によっては懲役刑(刑務所収容)の可能性もあります。

 しかし、おそらくそうはならないでしょう。なぜなら、他国と同じように政治家が犯罪を犯しても捕まらない社会にする方向で、着々と日本社会を変えていっているからです。高市早苗の経歴詐称は捕まりませんよね。誹謗中傷動画拡散の選挙違反も捕まりませんよね。なぜなら欧米同様に、特権階級は捕まらない社会に日本を変えようとしているからです。

 そのように考えていくと、いずれ日本語も消去されてしまう運命なのかもしれません。本記事では日本語は奴隷語であるという論を立ててみましたが、とはいえ、2000年以上をかけて日本人が丹精込めて育ててきたのが日本語です。日本語で表現できないことはないまでに磨き上げられています。

 みなさんはどのように判断されるでしょうか。奴隷から派生した文化、奴隷から派生した言語であっても、それはそれなりに未来に可能性を作るかもしれません。そして、奴隷文化の何よりの特徴は平和と平等です。私は平和が好きですから、仮に奴隷の住む国と揶揄されようとも、ジョン・レノン、スティーブ・ジョブズ、トム・クルーズ、イーロン・マスクなどが癒しを得ることのできる日本には価値があると思います。


名前
件名
メッセージ
画像
メールアドレス
URL
編集/削除キー (半角英数字のみで4~8文字)
プレビューする (投稿前に、内容をプレビューして確認できます)

Copyright © 1999- FC2, inc All Rights Reserved.