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逮捕された元BND長官は03年のイラク攻撃や現在のイラン攻撃に関与《櫻井ジャーナル》 - 七転八起 Shichitenhakki

2026/10/10 (Sat) 14:51:21

https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202610100000/





※転載元リンク箇所あり


ハニング元BND長官の逮捕

 ドイツ連邦検察庁は10月6日、1998年から2005年まで同国の連邦情報局(BND)長官を務めたアウグスト・ハニングを逮捕したと発表した。その日、彼を含むBND長官の首席補佐官を務めていたマンフレート・Dも逮捕、起訴されている。

 ハニングはBND長官を辞めた後、2010年から22年の間にBNDの文書2000件近くを入手し、それらをセキュリティ・コンサルタントとしてのビジネスに利用、外国の情報機関向けの報告書を作成するためにも使われていた疑いが持たれ、マンフレッド・Dはハニングにその文書を提供したことが示唆されている。

 この事件が発覚する切っ掛けは、ステーキハウス・チェーンなどを経営するクリスティーナ・ブロックと彼女の元夫であるデンマークの銀行家ステファン・ハンセルとの間で2021年から続いている親権を巡る争い。デンマークで父親の下で生活している10歳の男児と13歳の女児をブロックが誘拐しようとしたとドイツの検察は主張している。

 検察によると、ブロックは2022年に子どもを誘拐するため、ハニングのコンサルティング会社「システム360」を雇ったが、同社のチームが子供たちを連れ去る前にデンマーク警察が阻止したという。

 そこでハニングは誘拐を断念し、彼の情報人脈を使うことにした。外部委託するということだが、その相手はイスラエルの治安機関「シン・ベト」の長官を1988年から95年まで務めたヤーコフ・ペリーと対外情報機関「モサド」の長官を96年から98年まで務めたダニー・ヤトムだとされている。

 ハニングは子どもを誘拐するために8人編成のチームを組織しようと考え、ペリーと彼の民間諜報会社「CGIグループ」を雇う。さらに彼はヤトムを引き入れようとした。ペリーはイスラエル軍の情報機関「ユニット504」の元メンバーでもある。そしてモサドのエージェントだとされるデビッド・バルカイが率いるチームが2023年の大晦日に誘拐を実行したとされている。ただ、ハニングとペリーは誘拐への関与を否定している

 ハニングがBND長官を務めていた1998年から2005年はアメリカの軍事や外交を管理してきたネオコンが世界制覇プロジェクトを始動させた時期と重なる。

 ジョージ・W・ブッシュ政権がイラクに対する先制攻撃を目論んでいた2002年、ハニングは当時のCIA長官ジョージ・テネットに対し、イラクのサダム・フセインが化学兵器や生物兵器を開発していることを示す説得力のある証拠をBNDが持っていると伝えている。言うまでもなく、これは間違い、あるいは嘘だった。ハニングが情報源にしていた「カーブボール」なるイラク人の亡命者は虚偽の情報を伝えていたことが判明している。

 ​ハニングはが諮問委員会のメンバーを務めるUANI(核武装したイランに反対する連合)はアメリカを拠点とする団体で、イランへの軍事攻撃を主張してきた​。

 ジェブ・ブッシュが会長を務め、ジョン・ボルトンやオットー・ライヒも役員に名を連ねている。共同創設者はリチャード・ホルブルック大使、デニス・ロス大使、そして元CIA長官のジェームズ・ウルジー。ミリアム・アデルソンやトーマス・カプランから資金を提供されている。

BNDとナチ人脈

 ドイツの情報機関BNDを創設したラインハルト・ゲーレンは第2次世界大戦当時、ドイツ陸軍参謀本部第12課の課長として対ソ連情報を担当していた。1942年冬に東部戦線でドイツ軍の主力がソ連軍に壊滅させられると、SS(ナチ親衛隊)はアメリカとの単独講和への道を探りはじめ、実業家のマックス・エゴン・フォン・ホヘンローヘをスイスにいたOSS(戦略事務局)のアレン・ダレスの下へ派遣、そこからダレスはドイツ側との接触を繰り返した。ゲーレンもそうしたドイツの軍人に含まれていたわけだ。

 ドイツの降伏と同時にゲーレンはCIC(アメリカ陸軍対敵諜報部隊)に投降、携えていたマイクロフィルムには東方外国軍課に保管されていたソ連関連の資料が収められていた。自分たちを高く売り込むため、ソ連軍の戦力を過大評価する内容になっていた。

 ゲーレンは彼を尋問したCICのジョン・ボコー大尉に保護され、アメリカ第12軍のG2(情報担当)部長だったエドウィン・サイバート准将とヨーロッパの連合国軍総司令部で参謀長を務めていたウォルター・ベデル・スミス中将がその後ろ盾になった。スミスは1950年から53年にかけてCIA長官を務めた。サイバートとゲーレンはドイツの新しい情報機関の創設を決める。いわゆる「ゲーレン機関」だ。

 ゲーレン機関は1949年7月からCIAの監督下に入り、資金の提供を受けるようになるが、その一方で元ナチスとの関係はその後、強まった。CIAに支援され、元ナチス将校に率いられた約2000名の若者グループを西ドイツの警察が発見したのは1952年のこと。1954年に作成された秘密メモではゲーレン機関の少なくとも13%が筋金入りのナチスだとされている。この機関は1956年4月からBNDになるが、それまでCIAが資金を提供していた。(David Talbot, “The Devil’s Chessboard,” HarperCollins, 2015)


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