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「暮らし」がなくなった。 (谷間の百合) - 七転八起 Shichitenhakki

2026/10/06 (Tue) 15:51:42

https://taninoyuri.exblog.jp/35312731/





わたしは「北の国から」を見ていないので、倉本聰さんとはほとんど馴染みがありませんでした。
ところが、最近になって映画「駅」の脚本を書いた人だと知って、それなら大いに馴染みがあります。
あの映画は何度も見たからです。
「雪」が好き、雪景色を見たいというだけで。

追悼番組を見るともなしに見ていたら、倉本さんの口から、「生活」とか「生活者」とか「暮らし」という言葉が繰り返し出てきたことで、わたしの中で燻り続けていた「生活」に対する疑問、不満が一挙に噴出しました。

それほど、社会から生活や暮らしがなくなっているのです。
しかも、それは自然の流れではなく、グローバリストの遠大な計画の下で進められてきた世界の解体の一環だったというのがわたしが確信していることです。

IMFが家族の解体を目的に日本に(日本だけではなく)押し付けたのが、男女平等(平等のはきちがい)働き方改革、非正規労働でした。
それがグローバリズムの悪意とは知らずに、みんないいことだと思い込まされました。
わたし自身も国際化は嫌いでしたが、それはいいことなのだろうから反対はできないなと思っていたのです。

人々はグローバリストの甘い掛け声に浮かされるように、海外に出かけていきました。
年間、何千万という人が今もぞろぞろと地球のどこかを歩き回っています。
大して楽しそうでもなく。

旅行から帰ってきた翌日から、次はどこに行こうかと考えるような人生つてナンダロウ?と思います。
ある女性が、あと行くとすればスイスかな、景色がいいらしいからと言っていたのを聞いて、そんな程度で海外に行くのかと思って愕然としたものです。
「ああ、いい景色だな」と思って帰ってくるような旅行に何の意味があるのでしょう。

共働きが普通になり、時間も体力もない生活で女性は料理をあまりしないのだそうです。
本屋には料理本が溢れ、テレビでは料理番組が欠かせないのに、現実はその反対になっているようです。

スーパーでは出来合いのお弁当や総菜や冷凍食品がよく売れているようです。
宅配デリバリーを利用する人も増えているとか。

生活とは、衣食住の基本を指し、「暮らし」とは、こころの充実や生活の質を指す概念だということです。
「生活」はともかく、「暮らし」はまだどこかにあるのでしょうか。

「つくる」という生きることの基本が崩れてしまっています。
いまはそれでよくても早晩生きることが困難になるのではないでしょうか。
ある日突然スーパーの棚からものがなくなったら、大袈裟ではなく阿鼻叫喚の地獄が現出するでしょう。

物があるのが普通で、お金さえ出せば外食することも取り寄せることもできるのが普通だと思わないことです。
食糧難がきたり、大災害が起きたら、その地獄が現実になります。
「生きる」ことの基本は「食」で、食の基本は「つくる」ことです。

家の中から、とくに台所から音が消えたと言う人がいました。
野菜や食器を洗う音、野菜を刻むまな板と包丁の音、食器の触れある音などです。
ご飯が炊きあがるときの匂いも感じなくなりました。

しかし、無音も無臭も人が求めてきたことです。
ちょっとした音にもちょっとした匂いにも耐えられない人が増えているのです。
音も匂いもない世界とは死の世界です。
生きている世界ではありません。

人は、こころの充実をどこに求めているのでしょう。
生活の質とは旅行に行ったり、豪華な外食をすることでしょうか。
そんな程度のことでこころが満足するとは、なんと貧しい人生なのだろうとわたしなんかは思うのですが。

料理をしないことが、時代の先端を行っていると思っていませんか。
カードで買い物をし、食事はデリバリーでというのが先進的な生活だと勘違いしていませんか。

いま誰も石油のことを言わなくなりましたが、どうなっているのでしょうね。
政府はそれさえ考えないで、戦争に前のめりになっているのでしょう。
物流が止まればどうなるかを一度想像してみてほしい。

わたしが「帰らんちゃよか」の歌に感動するのは、そこに失われた「暮らし」や「情」があるからです。
失われてしまったことへの郷愁が涙になるのだと思います。

コミュニケーションとはたいそうなことではありません。
ほんの一言、あるいは表情や仕草で通じるのが「情」です。
親子の断絶はそれさえなくなっていることを示しています。

人はスマホしか見なくなりました。


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