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パレスチナ人虐殺を批判したラッパーを外したエド・シーランが批判されている 《櫻井ジャ - 七転八起 Shichitenhakki

2026/09/18 (Fri) 22:31:03

パレスチナ人虐殺を批判したラッパーを外したエド・シーランが批判されている 《櫻井ジャーナル》
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202609180000/





※転載元リンク箇所あり


 世界で最も売れている音楽アーティストのひとりだというエド・シーランというシンガー-ソングライターが窮地に陥っている。今年1月から「ループ・ツアー」を行なっているのだが、9月にサポーティング・アクトとして参加していたマックルモアが「パレスチナ解放」を訴え、それに怒った富豪のロバート・クラフトからの圧力でマックルモアが外されたのだ。

 クラフトはアメリカン・フットボールNFLのニューイングランド・ペイトリオッツのオーナー。彼だけでなく他のNFLチームのオーナーであるアーサー・ブランク、デビッド・テッパー、ジェフリー・ルーリーもマックルモアの発言を批判、彼がツアーに残るなら、ほかの会場での公演を中止させると伝えたという。

 国を上回る権力を握っている富豪たちのネットワークにシーランは逆らえなかったのだろうが、ツアー仲間のアーロン・ロウ、フィニアス、ルーカス・グラハム、そしてアイルランドのバンドであるベオガが出演を取りやめ、ファンの中にはチケットの払い戻しを求める声が上がり始めた。シーランのキャリアにとって大きなダメージだ。

 1948年5月14日に建国が宣言される前から、イスラエルによるパレスチナ人虐殺は続いている。当時からガザは「強制収容所」と表現されていた。

 パレスチナに「ユダヤ人の国」を建設する第一歩と言われる書簡、いわゆる「バルフォア宣言」をアーサー・バルフォアがウォルター・ロスチャイルドへ出したのは1917年11月のこと。イギリスは1920年から48年の間パレスチナを委任統治、ユダヤ人の入植を進めたが、1920年代に入るとパレスチナのアラブ系住民は入植の動きに対する反発を強めテいく。

 そうした動きを抑え込むため、デイビッド・ロイド・ジョージ政権で植民地大臣に就任したウィンストン・チャーチルはパレスチナへ送り込む警官隊の創設するという案に賛成、アイルランドの独立戦争で投入された「ブラック・アンド・タンズ」のメンバーを採用した。この組織はIRA(アイルランド共和国軍)を制圧するために設立されたのだが、そのメンバーは殺人、放火、略奪など残虐さで有名だった。

 そして1936年から39年にかけてパレスチナ人は蜂起する。アラブ大反乱だ。1938年以降、イギリス政府は10万人以上の軍隊をパレスチナに派遣する一方、植民地のインドで警察組織を率いていたチャールズ・テガートをパレスチナへ派遣、収容所を建設する一方、残忍な取り調べ方法を訓練した。イギリス軍はパトロールの際、民間のパレスチナ人を強制的に同行させていたともいう。

 反乱が終わるまでにアラブ系住民のうち成人男性の10パーセントがイギリス軍によって殺害、負傷、投獄、または追放された。植民地長官だったマルコム・マクドナルドは1939年5月、パレスチナには13の収容所があり、4816人が収容されていると議会で語っている。

 シオニストはパレスチナから先住民を追い出し、イスラエルなる国を建てるため、1948年4月4日に「ダーレット作戦」を発動、ハガナに協力する形でテロ組織のイルグンとスターン・ギャングは9日にデイル・ヤシン村を襲撃、その直後に村へ入った国際赤十字のジャック・ド・レイニエールによると、村民254名が殺され、そのうち145名が女性で、そのうち35名は妊婦だった。

 イギリスの高等弁務官を務めていたアラン・カニンガムはパレスチナに駐留していたイギリス軍のゴードン・マクミラン司令官に殺戮を止めさせるように命じたが、拒否されてしまう。ハガナもイルグンとスターン・ギャングを武装解除しようとはしない。(Alan Hart, “Zionism Volume One”, World Focus Publishing, 2005)

 この虐殺を見て多くのアラブ系住民は恐怖のために逃げ出し、約140万人いたパレスチナ人のうち5月だけで42万3000人がガザ地区やトランスヨルダン(現在のヨルダン)に移住、その後、1年間で難民は71万から73万人に達したと見られている。イスラエルとされた地域にとどまったパレスチナ人は11万2000人にすぎなかった。そしてイスラエルの建国が宣言されたのだ。

 建国するためには「国民」が必要。そこで、イスラエルの建国を目指していたシオニストはヨーロッパから連れてくる計画を立てる。そこでシオニストは1933年8月25日、ドイツのナチス政権とユダヤ人をドイツからパレスチナへ移住させる目的でハーバラ協定を締結している。

 しかし、1938年11月にドイツでナチスがユダヤ系住民を襲撃、多くの人が殺され、収容所へ入られ始めるが、この「水晶の夜」以降もユダヤ人はパレスチナへ向かわず、アメリカやオーストラリアを目指した。後にシオニストはイラクなどに住むユダヤ人を移住させるため、爆弾テロを実行している。

 バルフォア宣言のアーサー・バルフォアは当時、イギリスの外務大臣だった人物。そのイギリスでは1656年にイスラエルを建国すると宣言されている。

 イングランドのジェームズ6世(イングランド王ジェームズ1世)はアングロ・サクソンをユダヤ人の「失われた十支族」の後継者だと信じ、自分はイスラエルの王だと信じていたが、ピューリタン革命を率いたオリバー・クロムウェルの私設秘書だったジョン・サドラーも同じように考えていた。サドラーも1649年に作成されたパンフレット『王国の権利』の中でイギリス人はイスラエルの失われた部族のひとつであり、ユダヤ人と同族であると主張、クロムウェルも同じような考えだった。

 クロムウェルの聖書解釈によると、世界に散ったユダヤ人はパレスチナに再集結し、ソロモン神殿を再建することになっていた。この解釈に基づいて彼は政権を樹立し、1656年のユダヤ人のイングランド定住禁止令を解除、パレスチナにイスラエル国家を建国することを宣言したのだ。

 これがシオニズムの始まりだが、ピューリタン体制が倒されるとシオニズムは放棄され、クロムウェルを支持する人びとの一部はアメリカへ亡命、ジョージ・ワシントン、トーマス・ジェファーソン、ベンジャミン・フランクリンらはその後継者だと主張したという。

 イスラエルは欧米のシオニストと連携し、パレスチナで民族浄化を進めているが、その先には大イスラエル構想、つまり西アジア全域をイスラエルに支配させようという計画がある。今年2月28日にアメリカ軍とイスラエル軍がイランを騙し討ちにして最高指導者のアヤトラ・アリ・ハメネイ師やアブドルラヒム・ムサビ参謀総長を含むイランの要人を殺害、態勢を転覆させて国を乗っ取ろうとしたのもそのためだ。

 イギリスの私的権力は19世紀からロシア征服を目論んできたが、その勢力のネットワークはアメリカにも広がっている。​9月16日にはアメリカ下院で「リンジー・O・グラハム対ロシア・イラン制裁法2026」が可決された​。ロシア産の石油や天然ガスへの依存度を下げるため、最大100%の関税を課す権限、そしてイランへの制裁を拡大する権限アメリカ大統領に認めるというものだ。

 対ロシア戦争にしろ、対イラン戦争にしろ、アメリカが戦争を仕掛けたことは本ブログで繰り返し書いてきた。欧米の私的権力は簡単に勝てると思い込んでいたようだが、いずれも敗北は避けられない。ネオコンやその従属者は「脅せば屈する」という信仰から抜け出せなくなっているようだが、脅しは中国やインドを含む他の国々の反米感情を高めることになっている。脅しても無駄な相手を脅そうとして自分たちの置かれた状況を悪くしているのだ。


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