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誰が沖縄県知事になっても戦争の準備は粛々と進められてきた《櫻井ジャーナル》 - 七転八起 Shichitenhakki

2026/09/15 (Tue) 14:12:35

https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/202609140001/





※転載元リンク箇所あり


 9月13日が投票日だった沖縄県の知事選挙で前那覇市副市長の古謝玄太が現職の玉城デニーを破り、当選した。アメリカ軍普天間飛行場を名護市の辺野古へ移設という計画を古謝は容認するとしているが、アメリカ軍が推進してきた計画は辺野古への移設でなく、​GBIRM(地上配備中距離弾道ミサイル)による中国包囲​だ。この中国包囲計画は玉城知事の時代を含め、粛々と進められ、自衛隊は2016年に与那国島でミサイル****施設を建設し、19年には奄美大島と宮古島、そして23年には石垣島でも施設を完成させた。


 普天間飛行場を移設するという話は1995年9月にアメリカ兵3名が少女に性的な暴行を加え、基地内へ逃げ込んだ。アメリカ軍はその兵士を拘束したものの、「日米地位協定」に基づいて日本側へ引き渡そうとしなかったため、県民の怒りが爆発、その怒りを抑えるために「SACO最終報告」がまとめられ、出てきた話だ。

 このタイミングはアメリカの国防総省にとって衝撃的だっただろう。ソ連が消滅した直後の1992年2月、国防次官を務めていたポール・ウォルフォウィッツが中心になり、DPG(国防計画指針)の草案が作成された。いわゆるウォルフォウィッツ・ドクトリンである。


 ウォルフォウィッツが属すネオコンは以前からアメリカの軍事や外交をコントロールしていたが、ソ連の消滅でアメリカが「唯一の超大国」になったと彼らは認識、ドクトリンの中で新たなライバルの出現を防ぐと宣言している。

 ネオコンは日本も潜在的なライバルだと認識、弱体化させようとするのだが、その一方でDPGはドイツと日本をアメリカ主導の集団安全保障体制に統合し、民主的な「平和地帯」を創設する、つまりドイツと日本をアメリカの戦争マシーンに組み込み、アメリカの支配地域を広げると謳っている。日本人とドイツ人を戦闘奴隷にするということだろう。

 1993年8月に成立した細川護煕政権は国連中心主義を打ち出して抵抗、94年4月に倒された。同年6月から自民党は社会党やさきがけを巻き込んで連立政権を樹立、抵抗したが、それに対して1995年2月にジョセイフ・ナイが「東アジア戦略報告(ナイ・レポート)」を発表してアメリカの政策に従うように命令、このタイミングで日本を震撼させる出来事が相次いだ。

 つまり、1994年6月に長野県松本市で神経ガスのサリンがまかれ(松本サリン事件)、95年3月には帝都高速度交通営団(後に東京メトロへ改名)の車両内でサリンが散布された。(地下鉄サリン事件)松本サリン事件の翌月に警察庁長官は城内康光から國松孝次へ交代したが、その國松は地下鉄サリン事件の直後に狙撃されている。

 1995年8月にはアメリカ軍の準機関紙と言われているスターズ・アンド・ストライプ紙に85年8月12日に墜落した日本航空123便に関する記事を掲載、墜落の際に自衛隊が不適切なことを行なったと示唆したが、これも日本政府に対する脅しだろう。こうした出来事と並行する形で証券スキャンダルや銀行スキャンダルが発覚、大蔵/財務官僚はアメリカに屈服、田中角栄の懐刀と言われた後藤田正晴は1996年に政治の第一線から退いた。アメリカ国防総省は1990年代後半から日本に戦争の準備を本格化させるつもりだったのだろう。

 アメリカ兵3名による犯罪が沖縄県民の怒りを爆発させて事態は急変するのだが、2001年4月に小泉純一郎が総理大臣に就任、「RANDコーポレーション」の報告書にもあるように、戦争の準備はそれでも進む。

 南西諸島に軍事施設が建設され始める直前の2014年、アメリカのバラク・オバマ大統領はロシアのINF(中距離ミサイル全廃条約)違反を主張、19年にはドナルド・トランプ大統領がこの条約から正式に離脱し、ロシアは2025年にINF条約を遵守しないと発表。そこからロシアは急ピッチで兵器を開発、今ではアメリカを質の面でも量の面でも圧倒している。ロシアの防空システムが優れていることは2017年と18年にアメリカ軍主導で実行されたシリアへのミサイル攻撃で証明され、22年に始まったウクライナにおける軍事衝突ではNATO軍がロシア軍に刃が立たないことが明確にされた。

 そうした中、アメリカは日本を戦争へと引き摺り込もうとしている。2024年3月には陸上自衛隊、海上自衛隊、航空自衛隊を一元的に指揮する常設組織として「統合作戦司令部」が編成されたが、この仕組みは自衛隊をアメリカ軍の指揮下に置くことが目的だと考えられている。

 沖縄が軍事基地かされるのは1950年代のことだ。アメリカ軍は「銃剣とブルドーザー」で土地を強制接収、今でも基地は島民を苦しめている。1953年4月に公布/施行された布令109号「土地収用令」に基づき、武装米兵が動員された暴力的な土地接収で、55年の段階で沖縄本島の面積の約13%が軍用地になっている。

 こうした沖縄の軍事基地化はアメリカの先制核攻撃計画と無関係ではない。1955年頃にアメリカが保有する核兵器の数は2280発に膨らみ(Annie Jacobsen, “Area 51”, Little, Brown, 2011)、57年になるとアメリカ軍の内部でソ連に対する先制核攻撃を準備しはじめ(James K. Galbraith, “Did the U.S. Military Plan a Nuclear First Strike for 1963?”, The American Prospect, September 21, 1994)、ドロップショット作戦が作成されている。(Oliver Stone & Peter Kuznick, “The Untold History of the United States,” Gallery Books, 2012)

 こうした核攻撃計画に合わせ、アメリカではアレゲーニー山脈の中、ウエストバージニア州にあるグリーンブライア・ホテルの地下に「地下司令部」が建設された。いわゆるグリーンブライア・バンカーだ。1959年に国防総省が中心になって着工、62年に完成している。

 ​テキサス大学のジェームズ・ガルブレイス教授によると、統合参謀本部のライマン・レムニッツァー議長やSACの司令官だったカーティス・ルメイなど好戦派は、1963年の後半にソ連を奇襲攻撃る予定だったという​。その頃になればアメリカはICBMを配備でき、しかもソ連は配備が間に合わないと見ていた。ソ連が反撃するためにはアメリカの近くから中距離ミサイルを****するしかない。そこでソ連はキューバへ中距離ミサイルを運び込み、キューバ危機になる。1962年10月のことだ。この危機を回避することに成功したジョン・F・ケネディ大統領は1963年11月22日に暗殺された。

 そして現在。昨年7月26日に共同通信が報じたところによると、日米両政府は、東アジアで紛争が発生した際に米軍が核兵器を使用する可能性のあるシナリオについての交渉は2024年12月に始まったが、それは10年に開始された両国間の「拡大抑止」に関する協議の一環として行われているという。これも本ブログで繰り返し書いてきたが、日本が核兵器を開発している可能性は高い。


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